80年代登場施設

1980年、宮廷庭園がリニューアルされ「ラブスクエアーエリア」に。
83年にはディズニーランド、バブル期には近隣にも多数の遊園地ができ始め、
若者向け、家族向けの遊園地となるべく、さまざまなオリジナル企画を実施。
晩年の姿勢に近くなっていく。88年にはダイエーの傘下となった激動の時代。

ワンプライス入園「ラブスクエア」
79年シャトルループ導入後、1980年に若者をターゲットとし、
試験的に設置した「乗り放題エリア」だった。

敷地面積1万4000㎡m噴水、花壇とくつろげるスペースに
パイラット、ミュージックエキスプレス、チックタックを輸入し、1980年4月27日オープン。
(この3つの機種はワンダーホイールなどを製作した三精輸送機(株)経由の輸入と思われる。)

当初、本園とは分離したエリアとなっていて、この3機種には入園料だけで乗り放題という方式をとったが、集客できず半年ほどで本園敷地に架橋によって結ばれた。

園内から撮影されたラブスクウェアの入り口(1980年)

看板の園内マップが有料エリアのみ。半年しか使われていないレアモノ!!

1980年の園内マップ。ラブスクエアを導入しているところ

なお、ラブスクエアを遊園地エリアとした後乗り放題としての対策は、
「フリーライドチケット」の導入。

75年に団体用に発見したのをはじめ、84年から秋のみ販売し、89年には通年利用可能になった。

ミュージックエキスプレス
1980年より。ミュージックエキスプレスは、独・マック社製の定番遊具で世界の遊園地に存在するもののひとつで『Musik Express』の表記が特徴。ヘイヘイおじさんの担当していたアトラクションとして有名。閉園まで稼働し、ヘイヘイおじさんのキャラクターと共に大変人気があった。(ちなみにヘイヘイおじさんが学園天国を歌いだしたのは小泉今日子のカバー時代かららしい。)
ドリーム閉園後は、クウェートにある『Kuwait Magic Island Park』(『Kuwait Magic Mall』併設)に渡り、2017年現在も当時と同じ姿のまま現存しているようだ。
また、ドリームランドのレインボーも隣に置かれている。

導入直後(1980年)

チックタック
1980年から。振動式高速回転絶叫マシン。伊・SDC社製。
当時神戸ポートピアランド等にあったTAGATA(通称タガタディスコ)と同じ構造と思われる。
(但しポートピアランドの方が1年遅い導入である。)

97年まで営業していた。跡地にプレイロビック、ワンニャンランドが出来た。
尚、うしろの黄色い仕切りだけは最後まで残っていた。
現在はTAGATAディスコがタガダ・グアム・アミューズメントパーク等、同機種が海外に多く存在するが、国内に同機種はないようだ。


導入直後。ラブスクゥエアだけに?カラーリングがピンクピンクしている(1980年)


遊園地ぴあ 1994より

貴重なチックタック、ワンダーホイールの取材動画 (1995年)
チックタックを動かすヘイヘイおじさんの姿も!

パイラット
ラブスクエアーエリア中心部に(当所から考えるとかなり思い切った場所?)に建つ絶叫マシン。独・フス社製の絶叫マシン導入第1号?
としまえんと同じもの。45人乗りで最大傾斜70度。1980年から閉園まで存在。



後ろにパルテノン本園入口とスーパードリーム時代の看板も写る。(東京周辺遊園地ガイド 1986)


としまえんの同機種。
「PIRAT」を「パイラット」と呼ぶか「パイレーツ」と呼ぶかの違いはある?

コーヒーカップ
1982年登場。ミゼッティ工業導入。開園当初のティーカップが廃止された年代は不明だが、
これが導入される前にも、もう1つ別物がこの場所に存在したようである。
かつてのティーカップは観覧車の裏手にあったが、こちらは円形レストラン横の遊具群にできた。
八木山ベニーランドなどと同じもの。

1992年撮影。右側に100円ゲームコーナーも写る。

1980年頃のコーヒーカップ。晩年の場所と同じ。

サーキット2000
1984年、開園20周年記念に導入。
いろんなタイプの車がサーキットコースを走る子供用の自動走行ドライブマシン。

1984年から閉園まで存在した。

写真:『戸塚いまむかし写真集』/郷土出版社 1993

1992年撮影。迎えにあるゲームコーナーは、のちのゲームコーナーガリバー。

ゲームコーナー(カーニバル?)
プールの横のガリバーの付近に閉園時まで存在したゲーム機の並ぶ建物。
古くからあるゲームコーナーのようである。

1991年パンフレットより。ゲームコーナーガリバーとは、違う建物?

1992年撮影。手前はパターゴルフ。

レインボー
1984年から、開園20周年記念としてサーキット2000と共に導入。
独・フス社からの輸入遊具で、ウェーブスインガーの隣に位置し、閉園まで存在。

虹の形をした座席に乗り空中を回転する。
終盤はなぜか、中央の太陽の周りのギラギラの部分がなくなったようだ。
閉園後はミュージックエキスプレスと共にクウェートの『Kuwait Magic Island Park』に渡った。
2017年現在でも、稼働が確認されている。

1996年 横浜シーガル この時点でもう太陽の周りがとれかかっている???

レインボー乗り場の様子(1992年)


後楽園Verの解説。ドリームランドも同じものと思われる。(遊園地ぴあより)

コンドル
1988年より。ドイツ製の回転型展望。
最大上昇時35mで富士山や江ノ島が見渡せた。

写真:シェルポのブログ



としまえん イーグルの標示(2017年撮影)

スカイサイクル
1989年3月登場。
高い位置のレールの上を自転車型の乗り物で巡る。

トーゴ製。あらかわ遊園など、全国に導入されているものと同じ。
(他の遊園地同様だが、ドリームランドのものにはオリジナルマークが入っている。)

1995年

現役の同機種。(あらかわ遊園 2017年)

ドリームレーサー(マイカート)
開始時期不明。80前半頃?コインで遊ぶミニ遊具。
オーバル型のコースを回る子供用のサーキットのようなものだったらしい。

メーカーはサーキット2000やコーヒーカップ等と同じミゼッティ工業
大海賊の西隣に位置し、96年ごろまで存在。

変りだね自転車
別称、不思議自転車、おもしろ自転車など。コインで遊べるミニ遊具のひとつ。

ドリーム迷路
大海賊より東側、こどもの(中世の)城の跡地(城そのものを改装していた?)に80年代中期ごろに
造られた巨大迷路。

周囲にはおとぎ列車が走っていた。2施設とも90年頃に廃止される。
この一帯は大海賊の裏手にあたり、道が細くわかりにくい場所であった。
解体後の跡地はグラウンドとなっていたようだ。

1988年ごろの園内マップより文字加工

1990年の航空写真。プールの上部分、お城の形をした入り口のようなものも見える。

童里夢神社(ドリちゃん神社)
ドリームランド2号売店(土産物屋)の隣にあったドリちゃんを御神体としたミニ神社。
縁結び、交通安全、夢をかなえる心願成就のご利益がある。
定かではないがおそらく80年代製。閉園後に奈良へ移動したと思われる。

夢一座
レストランループ隣に位置するイベント会場用の建物。
期間限定の展示などを開催。


※1990年撮影

ジョイパックドリーム
80年代にはボウリング場、ビリヤード、カラオケ、ゲームセンター、ゲーム喫茶
レストランブローニュ(喫茶ブローニュ)などが入っていた。
90年代に、ジョイパックドリーム、テニスコート、ゴルフ場などを含めた一帯がドリームスポーツ(閉園後はフットサルクラブも建ち、横浜ドリームスポーツプラザ)と総称されるようになったようだ。
ちなみに、ジョイパックビル内のみの内容はドリームスポーツガーデンとも呼ぶようだ。
閉園後この一帯は、横浜ドリームスポーツプラザとして、2004年まで営業。

ドリームボウルも開園当初より一時休業を経て2004年まで営業しており、
ヘイヘイおじさんが指導員として活躍したこともあった。

テニスコートなど現在一部の施設が残り、横浜薬科大学内の施設として再利用されている。


2000年のボウリング場と廃墟のエンパイアホテル(駐車場側から)
写真:シェルポのブログ

テニスコート・ドリームゴルフガーデン
1980年9月14日、ドリームビル側、モノレール駅近隣にオープン。
エンパイアの裏手にあったテニスコートはゴルフ場が広げられ全体が2階建てのゴルフガーデンの施設となった。
尚、北側手前のインドアコートは91年頃完成?し、奥(南寄り)側のコートと合わせてスピンクス(SPIN-X)横浜テニスコートとなった。
現在は奥側のコートも室内仕様となっており、横浜薬科大学の敷地内で運動場として利用されている。

元スピンクスコート内(2017年撮影)

大宴会場グリーンパレス
エンパイアホテル東手前側に1983年に完成した宴会場。
⁽ドリームスポーツプラザの敷地内)
この建物も現存し、横浜薬科大学の施設となっている。

※ドリームスポーツプラザ HPより  2003年頃

現在は大学の事務所である(2017年撮影)

ドリームビル
1980年完成の事務所。1階に横浜銀行が入り、従業員の給料が振り込まれた。
2階には門の近くにあったドリームランドの事務所が移り入った。90年代以降は、3階にドリーム開発と地域の診療所が入っていた。尚、閉園後もドリーム開発と奈良の事務所となっていたらしい。現在は1階に横浜銀行、2階は2015年より、横浜薬科大学のカフェテリア「ローズガーデン」が入っている。


2016年撮影

カフェテリアは一般開放もしていた。(2016年)

ドリームビルの定礎(昭和55年10月)


ドリームビルの隣は神奈川中央交通のバス乗り場です。(2002年)
(現在は『ドリームランド行』名では往来していません)

ドリちゃん友の会(ドリームランド友の会)
89年設立。
会員に年間パスポートやニュース、割引券を郵送した。

1991年 パンフレットより。

花の店ドリーム
82年頃、円形レストランがスーパードリームになった際、すぐ東側に建った生花店。
閉園後、東に30メートル動かし、新たにできたハイツ前の道沿いに現存する。


2016年撮影。園内にあった建物の中で唯一今も当時のままの姿をしているとのこと!

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